
「税務調査って、どうやって選ばれるんですか」——社長からいちばんよく聞かれる質問のひとつです。3年おきに順番で回ってくる、赤字なら来ない、税理士を変えると狙われる。いろいろな噂を耳にされていると思います。
実際には、税務署の中で調査先を選ぶ作業も、調査当日にデータを分析する作業も、専用のシステムを使って行われています。そして2026年(令和8年)9月、その土台となる国税庁の基幹システムが「KSK2」へ刷新されます。
この記事では、税務署の中でどんなシステムが使われているのかを、法人課税・個人課税・資産課税の3つの部門に分けて整理します。相手の道具を知るのは、怖がるためではなく、余計な疑いを招かないためです。
12026年9月、税務署の「道具」が入れ替わる
KSK(国税総合管理システム)は、国税庁・全国の国税局・税務署をネットワークでつなぎ、納税者ごとの申告と納税の記録を一元管理する基幹システムです。2001年(平成13年)の全国展開以来、20年以上使われてきました。これが2026年(令和8年)9月、次世代システム「KSK2」へ刷新されます。
KSK2そのものが何を変えるのか——調査の「選ばれ方」と「調べられ方」がどう変わるのかは、「KSK2で税務調査はどう変わるのか」で詳しく整理しています。本記事では、そのKSK2の上で動く各部門のシステムに焦点を当てます。
国税庁が公表している資料には、AIが膨大なデータを分析して申告漏れのリスクを判定してスコア化する予測モデルを構築し、そのうえで職員が調査の要否や優先度を最終的に判断する、という仕組みがはっきり書かれています。さらに「令和8年9月の国税システムの更改において、従来書面で管理していた情報のデータ化などによりデータで管理する情報が増加する」ともされています。
| 項目 | 現行のKSK | 次世代システム KSK2 |
|---|---|---|
| データの持ち方 | 税目別(所得税・法人税などが縦割り) | 納税者単位で全税目を横断して管理 |
| 調査先からの接続 | 原則として税務署内から | 調査先からリアルタイムで接続 |
| 書面の申告書 | 主要項目のみデータ化 | AI-OCRでほぼ全項目をデータ化 |
| e-Taxとの関係 | 別システムとして都度連携 | KSK2に統合 |
KSK2は「入れ替え」ではなく、既存のツールとつながる土台
ここで誤解しやすいのが、KSK2になると税務署の仕事がまるごと新しいシステムに置き換わる、というイメージです。実際はそうではありません。KSK2はデータを集めて保管する土台であり、実際に調査先を選び、調査を進めるのは、これまで各部門で使われてきた専用のツールです。KSK2の導入で変わるのは、その土台とツールのつながり方——やり取りされるデータの量と速さ、そして往復のしかたです。
流れとしては、次の3段階でデータが循環していると考えると分かりやすいでしょう。
| 段階 | 何が起きるか | KSK2の役割 |
|---|---|---|
| ① 集まる | 申告・納付の記録、法定調書、資料情報に加え、これまで書面だった情報もAI-OCRでデータ化されて蓄積される | KSK2が全税目・納税者単位でデータを保管する |
| ② 選ぶ | 各部門の選定ツールがKSK2のデータを引き出し、リスクをスコア化して調査候補をリストアップする | KSK2からツールへデータが渡る |
| ③ 戻る | 選定した理由、調査で分かったこと、次回への申し送りがツールに入力され、記録として蓄積される | ツールからKSK2へデータが返り、次の選定の材料になる |
2全体像——3つの部門が、それぞれ別のシステムで調査先を選んでいる
では、KSK2のデータを実際に使って調査先を選んでいるのは誰か。税務署は法人課税・個人課税・資産課税の3つの部門に分かれており、選定を担うツールも部門ごとに別々だと伝えられています。KSK2が土台として全税目のデータを抱え、そこから各部門のツールが必要なデータを引き出してスコアを付ける——この構図がKSK2導入後も続きます。まずは全体像を押さえてください。
| 部門 | 主な対象税目 | 選定支援ツール名 | 関連データ |
|---|---|---|---|
| 法人課税 | 法人税・消費税・源泉所得税 | 結 | 申告書・決算書の数値、業種平均や過年度との乖離、税目間の不整合、取引先が提出した資料情報 |
| 個人課税 | 所得税・消費税 | SAT | 確定申告データ、支払調書などの法定調書、口座情報、海外送金情報 |
| 資産課税 | 相続税・贈与税 | RIN | 被相続人の数十年分の所得税歴、不動産・有価証券の保有状況、親族口座への資金移動 |
※ 国税庁内部資料より。
その結果がどう出ているかは、公表されている調査事績を並べるとよく分かります。
| 項目 | 法人課税(法人税・消費税) | 個人課税(所得税) | 資産課税(相続税) |
|---|---|---|---|
| 実地調査の件数 | 5万4千件(前年比▲7.4%) | 47,528件 | 9,512件(前年比111.2%) |
| 追徴税額(総額) | 3,407億円(前年比+6.6%) | 1,132億円 | 824億円(前年比112.2%) |
| 1件当たり追徴税額 | 634万円(前年比+15.4%) | 241万円 | 約866万円(試算) |
| 簡易な接触の件数 | — | 689,440件 | 21,969件 |
※ 国税庁「令和6事務年度 法人税等の調査事績の概要」「同 所得税及び消費税調査等の状況」「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」(いずれも令和7年12月公表)による。相続税の1件当たり追徴税額は当法人の試算値です。
目を引くのは法人課税です。実地調査の件数は前年より7.4%減っているのに、追徴税額は6.6%増えて直近10年で最高。1件当たりでは15.4%増えています。国税庁自身が、AIを活用した予測モデルで調査必要度の高い法人を抽出し、調査官の知見と組み合わせて精度の高い調査を実施している、と説明しています。
つまり、調査は「減った」のではなく、当たりそうな先に絞られたということです。件数が減ったから安心と読むのは危険で、いったん選ばれれば何らかの指摘を受ける確率は以前より高い、と考えるほうが実態に近いでしょう。
3【法人課税部門】法人税・消費税で見られているもの
法人課税部門は、会社のビジネスモデル・会計データ・国内外の取引を電子的につないで見る仕組みが、もっとも進んでいる領域です。選定を担う「結」のほかにも、次のようなシステムが役割を分担していると伝えられています。
| システム | 役割 | 調査での使われ方 |
|---|---|---|
| 法人課税集計システム | 調査の指令と進捗管理 | 統括官が「選定観点(何を疑って調査に行くのか)」を入力して調査官に指令し、着手から決議までの実績を集計する |
| 税歴情報入力システム | 過去の調査記録の引継ぎ | 「次回以降の調査で参考となる事項」を調査終了時に入力。法人税歴表と連動し、後任の調査官が事前に読み込む |
| 会計データ分析ツール「Expert1」 | 仕訳データの分析 | 提供を受けた仕訳データを取り込み、休日に切られた仕訳、役員個人勘定への頻繁な振替、同額の反復などの異常値を抽出する |
| TMR(東京マッチング照会) | 国際取引情報の突合 | CRS情報(外国の金融口座情報)や国外送金調書などを、自署の納税者データと自動的に照合する。従来のTIEに代わり令和6年8月から運用開始と伝えられる |
調査官は「狙い」を持って臨場している
調査官が特定の期間の契約書や、外注先との検収記録にこだわって質問してくるとき、それは思いつきではありません。事前に登録された選定観点、いわば「今回はここを見てこい」という指令に沿って動いています。同じ論点を角度を変えて何度も聞かれたら、そこが焦点だと考えてよいでしょう。契約書や検収記録といった客観的な証拠を早めに出すほうが、結果として調査は短く済みます。
前回の説明は、担当者が変わっても残っている
「前の調査官には口頭でうまく説明して切り抜けた」——この発想がいちばん危ういところです。説明した内容、会社の実態、同族関係、今後見込まれる取引まで、次回の参考事項として文章で残されていると考えるべきです。先ほどの③「戻る」にあたる部分で、この記録がKSK2に蓄積され、次の選定や次の調査官の準備に使われます。世代が変わって同じ質問をされたときに前回と食い違う説明をすれば、それだけで仮装・隠蔽を疑われかねません。
また、「切り抜けた」と言っても、会社の処理が認められたわけではなく、実際には時間切れや、コストパフォーマンスを考慮して「見逃された」という可能性もあります。税務調査で議論に上がった論点は、次回の税務調査までに整理し、対策を講じておく必要はあるでしょう。
仕訳データは、入手された瞬間に分析される
電子帳簿保存法への対応が進んだことにより、近年の税務調査では、仕訳帳や総勘定元帳をExcelやcsvといったExpert1にインポートしやすい形式で提出を依頼される場面が増えております。Expert1に取り込まれたデータは、人が目で追うのではなく機械的に分析されます。土日や年末年始に切られている仕訳、役員個人の勘定への頻繁な振替、毎月きれいに同額が並ぶ仕訳——こうした「不自然さ」は一瞬でリスト化されます。
「海外だから分からない」は、もう成り立たない
CRS(共通報告基準)に基づく自動的情報交換によって、令和6事務年度に日本が外国から受け取った非居住者の金融口座情報は2,745,374件、口座残高にして約17.7兆円にのぼります。この膨大な情報を国内の納税者データと機械的に照合しているのがTMRです。人が海外の口座を一つずつ追いかけるのではなく、すでに自動で突合された結果を持って調査官が来ると考えるべきでしょう。海外に口座や資産があるなら、国外財産調書の提出を含めて正面から申告しておくのが結局いちばん安全です。
4【個人課税部門】所得税で見られているもの
個人課税部門が見ているのは、個人事業主やフリーランスだけではありません。富裕層、無申告者、そして暗号資産やシェアリングエコノミーといった新しい分野の経済活動が、はっきりと重点対象に置かれています。
支払調書との照合は、人が探す前に終わっている
取引先は「誰に、いくら払ったか」を法定調書として税務署に提出しています。個人の側の申告にその収入が計上されていなければ、突合の段階で差が出ます。誰かが一件ずつ探し出すのではなく、機械的に差分が浮かぶ仕組みだと考えてください。クラウドソーシングやネット取引の収入は、支払調書や年間取引報告書と1円単位で合わせておく必要があります。
重点分野は、数字にもはっきり出ている
令和6事務年度の実績を分野別に見ると、重点の置き方がよく分かります。所得税全体の1件当たり追徴税額が241万円であるのに対し、富裕層や新分野の経済活動では、1件当たりの申告漏れ所得金額が桁違いに大きくなっています。
| 区分 | 実地調査件数 | 1件当たり申告漏れ所得金額 | 追徴税額(総額) |
|---|---|---|---|
| 所得税全体 | 47,528件 | —(1件当たり追徴税額241万円) | 1,132億円 |
| 富裕層 | 2,427件 | 3,449万円 | 207億円 |
| 海外投資等を行っている個人 | 2,666件 | 約3,458万円(試算) | 231億円 |
| シェアリングエコノミー等 | 1,155件 | 1,595万円 | 35億円 |
| 暗号資産取引 | 613件 | 2,538万円 | 46億円 |
※ 国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」による。海外投資等を行っている個人の1件当たり金額は当法人の試算値です。
社長個人も、会社と同じ画面で見られている
法人の社長にとっても他人事ではありません。KSK2で税目が横断管理されると、会社の法人税申告と社長個人の所得税申告が、同じ納税者のまわりに並びます。役員報酬をほとんど取っていないのに個人の生活水準が高い、法人から個人への貸付が年々膨らんでいる——こうした「ちぐはぐ」は、会社側の調査の入口にも、個人側の調査の入口にもなります。
5【資産課税部門】相続税・贈与税で見られているもの
資産課税部門の特徴は、時間軸の長さです。数十年分の所得の記録、不動産や有価証券の保有状況、贈与税の申告履歴。これらを積み上げて「本来あるはずの財産」を推定し、実際の申告と比べる——これが選定の基本的な発想です。
「本来残っているはずの額」と比べられている
相続税の調査で、配偶者や子ども名義の預金(名義預金)やタンス預金が執拗に確認されるのは、当てずっぽうではありません。生前の所得の蓄積から「これくらいは残っているはずだ」という推定があり、申告額との差が大きいほど、調査の優先度が上がります。
実際、令和6事務年度に把握された申告漏れ相続財産2,942億円の内訳を見ると、現金・預貯金等が43.3%を占め、有価証券と合わせると7割を超えます。土地や家屋よりも、動かしやすい金融資産のほうが問題になっている、ということです。
| 申告漏れ相続財産の区分 | 金額 | 構成比 |
|---|---|---|
| 現金・預貯金等 | 1,247億円 | 43.3% |
| 有価証券 | 837億円 | 29.1% |
| 土地 | 393億円 | 13.6% |
| 家屋 | 50億円 | 1.7% |
| その他 | 353億円 | 12.3% |
※ 国税庁「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」による。
親族間の資金移動は、証拠を残しながら動かす
海外資産の調査は急増している
令和6事務年度の海外資産関連事案の実地調査は1,359件で前年比143.5%、海外資産に係る申告漏れ課税価格は97億円で前年比155.5%と、件数・金額とも大きく伸びています。CRSで受け取った口座情報が効いていると考えるのが自然でしょう。国外に財産をお持ちの方は、相続の場面まで見据えて情報を整理しておいてください。
6まとめ:「システムに勝つ」より「説明できる会社」になる
KSK2が動き出しても、税務署が見ているものの本質は変わりません。変わるのは、見る速さと、見える範囲の広さです。これまで人手をかけないと分からなかった不整合が、機械的に浮かび上がるようになる——それだけのことです。
部門ごとにシステムは違いますが、共通点は3つに整理できます。第一に、いずれも他の誰かが出した情報との突合が起点になっていること。第二に、過去の記録が長く残り、担当者が変わっても引き継がれること。第三に、数字そのものより「説明がつくかどうか」が問われることです。
裏を返せば、備えも3つに集約できます。他人が出す情報と自社の申告を一致させる。説明した内容を自社側でも記録に残す。数字の動きに理由をつけておく。この3つを積み上げておけば、調査に選ばれたとしても、話は驚くほど早く終わります。逆に、決算のときだけ帳尻を合わせるやり方は、そろそろ限界だとお考えください。
KSK2への刷新そのものの全体像と、社長が今から備えておくべきことは、「2026年9月のKSK2始動で税務調査はこう変わる」にまとめています。

税務調査への備え、いまの体制で足りているか気になる方へ
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